君の詩2












 ある雨の日、ずぶ濡れになりながら停留所でバスを待つ老犬に出会った。雨は長い間降っていて、深い水溜まりを通過した自動車に老犬は泥水をかけられた。
 バシャッ!

 …。

 一部始終を見てしまった僕は、無視することもできず、なおもじっとして動かない老犬に話し掛けた。
「あの、大丈夫ですか?」

 …。

 老犬は少し驚いた様子で僕を見ると、ゆっくり目線をまた道路に戻した。
「…バスを待ってるんですか?」
 僕はどうして良いか解らず、何故かそんな質問をしてみた。そもそもこの停留所は何年も前に使われなくなっていて、バスなど停車はおろか通過すらしないのだった。

 この場所で
 いつでもワシは待っている
 ただ"おかえり"を言う為に

 老犬は静かで力ない声でそう言った。
「御主人様を…ですか?」
 老犬はゆっくり首を横に振った。

 あの頃は
 ワシは皆を愛してた
 ワシは皆に愛された
 皆がワシに会いに来た
 …だから今でも待っている
 皆の帰りを待っている

「…」
 その言葉を聞いて、老犬は停留所にバスが止まらないことを解っているんだと気付いた。すると、突然その老犬がとても可哀想に思えてきた。そして、 来なくなったバス、運転手、乗客、この停留所に関わるもの全てが憎くなった。その怒りを僕は何故か老犬にぶつけた。
「何で待つんですか、どうせ来ないのなんか解っているのに!この停留所もあなたも、既に忘れられてるんですよ!!なのに…」

 …。

 僕は自分自身が恥ずかしくなった、申し訳ない気持ちで一杯になった。しかし、老犬は気にしていないようで、僕に言った。

 皆がワシを忘れても
 ワシは皆を忘れない
 皆がここを忘れても
 ワシはここを忘れない
 皆なにかを忘れるが
 何処かでふと思い出す
 その時ワシがいなければ
 皆もワシも
 寂しい気持ちになるだろう

 そう言われ、なんとなく僕はそのうち誰か老犬に会いに来る人が現れるような気がした。
 さっきまで、寂しそうな印象しかなかった老犬は、何だか少しだけ違う感じがした。
「傘、使いますか?」





― 君 の うた 2 ―
 





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