ズックが僕に叫ぶ。
「もっと早く走れよポッケ!!マジ捕まっちまうってよ!」
ズックと僕はいつもなにかから必死で逃げている。今日はパンを盗んだからだ。パン生地を伸ばす太い棒を振り回しながら店の主人は追いかけてくる、たぶん
追い付かれたら両腕か両足、どちらかをへし折られるだろう。それから「これで一生盗みはできないだろ、俺はお前等が神の慈悲を得られるチャンスを与えて
やったんだ」と言うんだ。どちらを折られても、僕たちには死ぬしか、選択肢がないことを知っているくせに。
だけど、どんなに必死で追いかけてくる奴だって、[希望の島]までは追いかけてこない。
【ズックとポッケ】
僕達が住むこの街はとても危ない所。子どもが盗みを働き強盗をすることだってあり、金持ちは趣味のために女を飼い、母親が自分の子を殺す。いつも何処か
で人が殺され、いつも何処かで犯罪が起きる。
ズックと僕は施設で育った。歩けるようになると工場で働かされ、いつも子ども同士で喧嘩が起きて、先生が更なる暴力で喧嘩を鎮める。そこは何だか刑務所み
たいな所だった。
二年前、ズックと僕は施設から逃げ出した。その時のことは今でも覚えている。それはズックが初めて人を殺した日でもあった。
その日の夜、僕は先生に個室に連れて行かれ、ひたすら殴られていた。理由は解らない。あるのかもしれないし、ないのかもしれない。殴られる度に向こう側
の壁まで飛ばされ、うずくまると踏みつけられて「立て!」と怒鳴られる。僕が「ゴメンナサイ」って謝ると、「うるさい!!」と言われ更に暴力が激しくなる
。でも何も言わないと先生はもっと怒るから、やっぱり僕は謝り続ける。
バシッ!
「立て!!」
「…ゴメンナサイ」
「立てぇ!!」
バシッ!
「ごめ…ゴメンナ…サイ」
バシッ!
「ゴメンナサイ…」
…
…。
「…?」
ある時、突然先生からの暴力が止んだ。
「ポッケ、おいポッケ大丈夫か?」
ズックが僕を抱き起こした。そこで僕が見たもの、それは血まみれのズックと、仰向けに倒れ喉に刺さったフォークから血を流している先生だった。
「ポッケ走れるか?逃げんぞ、早く!!」
血まみれのまま僕達は施設から逃げ出した。
「いやぁビビったな、オイラ小便ちびっちったよ」
ズックが笑いながら言った。
ズックと僕は今[希望の島]という、ゴミが積もりに積もってできた人工の島に住んでいる。そこは今でもゴミの廃棄場になっていて、毎日いろんな所から集
められた廃棄物が希望の島に棄てられる。
もちろん島には僕達以外にも大勢の人達が暮らしている。だけど何故そんな汚い所で生活しているのか、それは皆ここで働いているからだ。この島でお金を得
る方法は一つしかない、それはゴミをあさって売ることだ。缶や瓶、ガラスにプラスチック、物によっては衣類なんかも売ることができる。
「なぁなぁポッケ、金が貯まったらさ銃買おーぜ銃!そーしたら弱っちぃポッケだってイジメられねぇしさ、どーよオイラの考え?」
ズックはゴミをあさっている時、いつもその話しをする。
「いらないよ銃なんて、それよりさお金たまったらクレヨン買おうよ」
ある日、僕は思い切ってズックにそう言ってみた。するとズックは不思議そうな顔をして言った。
「クレヨン〜?なんだポッケってば、絵ぇ描きたいんか?」
それもそのはず、ズックは絵なんか描いたことなかったし、僕は地面に描いたりしてたけど、一度だって誰にも見せたりしなかった。というか、恥ずかしくって
見せられなかった。
「うぅん、まぁね…」
だから僕は曖昧に答えた。
「でもよぉポッケ、絵ぇ描きたかったら、その辺の軽石で壁とかにかけばいぃじゃんよ、それじゃダメなん?」
ズックは、まるで名案でも思い付いたみたいに、誇らしげな声で言った。
「…そーだね、うん」
「だろっ、へっへっへ今度いっぱい軽石拾いに行こうな!」
本当はそれじゃあ嫌だった、だけど実際クレヨン買う余裕どころか、その日の食べ物だって買えないんだ。
【希望の島】
僕達の住んでるこの島は、結構広い。どれくらい広いか聞かれると困るけど、島を一周しようとすれば、一日じゃたりないと思う。それだけ広いから、島の中
も名前で区切られている。細かく区切るときりがないけど、島の人達は大きく分けて六つに分けて呼んでいる。
まず入り口になってる橋は、掛け橋って呼んでいる。ゴミを運んでくるデッカいトラックが入ってくるから、橋はかなり立派にできている。
島自体がゴミの塊でできてるけど、一応トラックがゴミを棄てる場所は決まっている。そこを皆は仕事場って呼ぶ。もちろん僕達もそこでゴミを拾っている。
これは島には住んでいない街の人達が呼んでるだけなんだけど、島の人達が家を建てて住んでる場所を、ネズミの巣穴って呼ばれてる。なんでも、空から見た
ら僕たち島の人達は穴蔵にいるネズミに見えるらしい。…僕もいつか飛行機で空に飛んでみたい。きっとすごく気持ち良いんだろうなぁ。
ゴミから流れるらしい虹色に光る水が溜まった沼を、毒沼っていう。沼からはいつも湯気が出てて、すごく嫌な臭いがする。マヌケなカラスがたまに沼の近
くで死んでたりするけど、誰一人そのカラスの肉を食べようとはしないんだ。島の人達もそこには近付いたりはしない危険な場所。だけど、たまに街の人達が数
人、毒沼に向かっている所を見たことがある。一体、何をしているんだろう?
島を一望できるデッカいゴミの山を、僕達は黒山と呼んでいる。その山のおかげで、島は朝に少しの間だけしか日が当たらない。ズックはよく黒山の頂上にい
る、多分ズック以外に黒山の好きな人はいないと思う。
最後は港って呼ばれてる所。もちろんこの島に船なんて停まらない。そこには大きな戦艦が甲板だけを海面から覗かしてる。ズックや僕や島の子ども達はみんな
そこで、泳いだりしている。海の水はもちろん綺麗じゃないけど、他の場所だと上がってこれなくなったりするから、皆ここで遊んでいる。僕はあまり泳いだり
するのは得意じゃないけど、港は好きだ。夕暮れになると誰もいなくなるから、僕はその頃に一人で来て、こっそり絵を描くんだ。たまに夜に船が近付いて来て、ゴ
ミを捨ててるけど、すると決まって凄い嫌な臭いがする。一体なにを捨ててるんだろう?
… To be continued …
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